モテモテの秘訣


人間、誰しも一度くらいは
モテモテ
になってみたいと思ったことがあるだろう?


モテ…
くらいは、あるかも知れない
二〜三人の異性のあいだで板挟みとか


そんなもんは、しかし
モテモテにあらず


モテモテとは、複数の異性から一遍に熱い眼差しを浴びるもの


お金もない、容姿も冴えない、頭も良くない、ハッキリ言って魅力のないボク。情けないことに、25歳の今まで女の子と付き合ったこともナシ。デートだ結婚だと忙しそうな友達や同僚を横目に、お見合いでもしようかなぁ、とクラい気持ちになっていた時に、たまたま雑誌で見かけたのが龍神水晶キーホルダー゛を購入したキッカケでした。正直、最初は半信半疑だったけど、買って三日目から街ですれ違う女性の視線を強く感じるようになり、一週間後には三人の女性から告白されていました。二ヶ月経った現在、女優、モデル、レースクィーン、グラビアアイドル、秘書、受付嬢、ウグイス嬢、看護婦、看守、婦人警官、婦人自衛官、婦人職業軍人婦人テロリスト、ウェイトレス、メイド、メイド喫茶経営者、メイド警官、メイドテロリスト、その他テロリスト十名から、一遍に求婚されて困っています!いっそ、ほとぼりを冷ますために、海外にでも行こうかと思うんですが、そこでも(主にテロリストに)モテたら困るなぁと、悩みが尽きませんよ(笑)」


これが、モテモテというものである


龍神のお力が詰まった水晶で、あなたも(テロリストに)モテモテ
高級感あふれる本革の専用ケース(黒、ブラウン、ベージュのいずれかを選び、用紙に記入)に、M67破砕手榴弾が二ヶ付いて、たったの一万四千二百円


が、しかし


残念ながら、これは限定品で予定の販売数を消化してしまったので、貴方たちには手に入らない
そこで、龍神の御力には少々及ばないが、不肖このペテンがモテモテのヒントをお教えしたく存ずる


そのヒントとは「ガ」である
「カ」ではない
「蛾」
英語で言うと「モス」
だから「モスキート」ではないと言うに



先日、仕事を終えて、終電二本前の電車に揺られていた時のこと
人々を包み込む気だるい空気を切り裂いて、ヤツは唐突なデビューを飾った


スズメガ
御存知だろうか?


こんな奴である


もちろん、こんなピンナップガールは付いていない
こんなところに着陸もしないし、ついでに、こんな色も付いていない


うう…
つい夢中になって、こんなコラージュに4時間も費やしてしまった…
アホか俺は?


…気を取り直して、本編を続けます…


灯りに惹かれて飛んでくる点は、他の蛾と変わりはないが、ヨロヨロ飛んでいる普通の蛾のイメージからは、かなり懸け離れたクリーチャー


名前の通り、鳥のスズメか、それ以上の体格をし、長く幅広く尖った羽根は、昆虫界スピードランキングの上位に位置する速度を生み出す
しかも速いだけではなく、ホバリングで空中に静止することも出来る


そんな、ジェット戦闘機と戦闘ヘリと昆虫を足して三で割る時に
上手に割り出したイヤな部分
みたいな生物兵器が、決死の特攻を仕掛けてきたのである


ちょうど男女の比率が半々ぐらいだった車両は、ほぼ半数の人間の、割と本気の悲鳴に満ちた、快速電車地獄本町行きと化した


残り半分も、悲鳴こそ上げないものの決して落ち着いていたわけではなく、「ヤツ」が近寄るたびに
ビクッ
と震えたり、とっさに頭を抱えたり、読んでいた本をムヤミに振り回したりする始末(これは俺)


ところで…
たった一匹で特攻を掛けて、数十人の人間を恐怖に陥れたスズメガだが
実は全く無害の昆虫である
(ここ重要)
大きくて、毛むくじゃらで、高い機動性を誇るこの蛾は、基本的に花の蜜を主食とする
同じスズメと付いても、スズメバチのような毒針は無く、咬む顎も無い


というわけだから、そこのスカートにとまられたお姉ちゃん
そんな、半泣きで暴れることはないんですよ
ジッとしてれば次の駅で降りますよ、たぶん
って…
うわっこっち来んな!
しっ!しっ!


次の駅でドアが開くまでの辛抱だ
おそらく、車内の誰もがそう思っていただろう
一人の男を除いて…


その、ごく普通のサラリーマンに見える男は、地獄行きと化した車両の中で、ただ一人だけポジティブな動きをしていた
とりあえず、窓を開けようとしていたのだ
しかし、よほど固いのか窓は開かず、彼は諦めて元の席に腰を下ろした


その時その隣の男めがけて、「ヤツ」は一直線に飛んできた
狙われた男は、慌てて立ち上がりドア付近まで逃げたが、それをヘタレと笑うことは誰にも出来なかった


「ヤツ」は、そのまま無人の座席に吸い込まれ、疲れ果てたのか、そこにピタリと張り付いた


再びリーマンがアクションを開始した
カバンから、猫の足跡柄のファンシーなハンケチ〜フを取り出し、マタドールのように構える
暴れ牛ならぬ、暴れ蛾を青眼に据えて、ゆっくりと距離を詰めていく
車内の、二十四×3ぐらいの瞳が、息を呑んで彼を見つめていた


オーレィ!


捕まえた!
一同、思わず「オオ〜」と声を漏らす
その瞬間、魔法のようなタイミングで電車が駅に着いた


焦るでもなく、丸めたハンカチを優しく両手に包み、ドアへと向かう伝説の勇者サラリーマン
もちろんBGMは
♪ラン、ラーララランランラン
ラン、ラーラララン♪

(ジル様の声:ナウシカナウシカ〜)
ババ様がいれば、きっとこう言ったろう
その者、黒きスーツをまといて、深夜のホームに降り立つべし
失われし大地との絆を結ばん…

おお!おおおおお!
「ババ様!」
何と言う、友愛といたわりじゃあ!
子供達よ、ワシの盲いた眼に代わって…
って、ナウシカネタ引っ張り過ぎだ俺!


「森へお帰り」
と、言ったかどうかは定かではないが、リーマン氏はハンカチを開いて蛾を放ち、再び車内に帰ってきた


その時、予想外のトキメキイベントが発生した


その車両にいた半数の人員
つまり女性全員が
彼を割れんばかりの拍手で迎えたのだ


熱い眼差しで彼を見つめ、惜しみない拍手に加え
「ありがとうございま〜す!」
「すご〜い!」

と、華やかな喝采までも…


戸惑ったように、ほんの僅かうなずくだけの彼を、なんと女性たちは
次の駅まで
讃えつづけたのだった


ちなみに残り半数の野郎どもは、もちろん、いたたまれない気持ちを抱え、それぞれ新聞やら本やら真っ暗で何も見えない埼玉の夜景やらに目を向けつつ
こんなことなら…
と、後悔したことは言うまでもない


しかし、後から一連の流れを考えてみると…


妙にタイミングが良すぎないか?


確かにスズメガは、珍しい昆虫ではない
虫に興味の無い俺でも、見れば判る程度のポピュラーな生物だ


だが
電車の一車両を丸ごとパニックに陥れる程の、適度な大きさと素早さ
それでいて、たとえ素手で捕まえても害を与えない性質
忽然と、どこからともなく涌きだしたような登場
居合わせた全員が浮き足立つ中、一人だけ窓を開けようとした男の横に、それまで暴れまくっていた昆虫が、ピタっと止まる「偶然」
しかも、ちょうど電車がホームに滑り込む、そのタイミング


いくら固くても、大の男が開けられないものなのか?
電車の窓って…


こうなると、一時は伝説の勇者の末裔か、あるいは風の谷の老人の言う、人と大地の絆を結ぶ鳥の人の再来とも思われたリーマン氏が、急に怪しく思われる
まるで
結果を予測した上で
行動していたように見えるのだ


だとしたら、奴は埼玉の地に降臨した
ネ申なのか?


新世紀ジャパンで真のモテモテを体現すべく、この世の始まりから終わりまでに起こる全ての出来事が記録されているという、神のアカシック・レコードを読んだとでも言うのだろうか?


否…
彼自身は、結果など知らなかっただろう
微かな予感ぐらいは持っていたかもしれないが…


もちろん、この件には神の力が加わっている
彼は自ら知ることなく、ただ導きに従って行動しただけだ


誰の導きか?
龍神様に決まっている!


つまり、これが龍神水晶キーホルダー゛の有り難き功徳
その、ほんの一端である
例のリーマン氏も、おそらく今頃は(主にテロリストに)モテモテのモテまくりで、海外逃亡を検討している頃だろう


さて、読者の皆様よ
先に、龍神水晶キーホルダー゛は、予定の販売数を消化したゆえ入手不可と記したが、汝ら、いたずらに嘆くことなかれ
公明正大なる龍神の救いの御手は、未だ地上に留まりしや


見よ!
偉大なる神は、予備在庫を示された!
これが本当に、最終最後の限定三十個!
縁無き衆生を救い賜わんと、慈悲深き神が示された、史上最後にして最大のLOVEチャンス!


寛大なる神は、この威力甚大、功徳無辺、奇想天外、四捨五入、出前迅速、落書き無用!
最高ですかーっ?!最・高・で〜っす!!な逸品を
たったの十四万八千円で、お譲りくださるという
(在庫僅少のため専用ケースの色はご指定できません、ご了承ください)


さあ、(主にテロリストに)モテモテになるために
今すぐ振り込もうぜ!!