■
イチゴのかき氷をひとくち食べたら、イチゴっぽい味がして、ギョッとした
イチゴのかき氷なんだから、イチゴの味がして当然、と思われるかも知れないが、普通、カップのかき氷にはイチゴは入っていない
カップのかき氷に入っているのは、イチゴ風味の赤くて甘いだけのシロップだ
これを言うと、必ず変わり者扱いをされるが、俺はイチゴが嫌いだ
俺からすれば、あんなモノを美味いと思う味覚が不思議でならない
ちなみにトマトも苦手だが、こちらは意外と仲間が多い
どっちも、加熱して加工してあれば食べられるが、ナマそのものは、全細胞内のミトコンドリアが足を生やして逃げ出そうとするほど、身体的に受け付けない
問題は、かき氷だ
もしかして、イチゴの果肉でも入っているのかも知れない
カップを持ち上げて、側面の原材料名を読んでみる
『異性化液糖いちご』
なんだそりゃ?
ナマのままのイチゴを、薬品でジャムのような、ドロっとした塊にしたようなイメージが浮かんだ
確かに、削り取った氷の断面に、中心が白い、赤いゼリー状のモノが見える
食品加工には、そういう技術があるんだな
しかし、なんか気持ち悪いな
と、思っていたら、読み間違いだった
「異性化液糖、いちご果汁」
続けて読んでしまったようだ
ついでに赤の中心にある白いものは、練乳と判明した
練乳は嫌いじゃないけど、イチゴのかき氷には邪魔だよ
イチゴのかき氷は、あのソリッドで一点の栄養も無さそうな甘さが美味いんだよ
と、自分で自分の読み間違いを誤魔化しながら、続きを食べる
食べながら、誤魔化しを続ける脳味噌が、間違いで生まれたイメージを正当化しようとする
どこか深い森の中に、『異性化液糖いちご』を作る工場がある
工場のプラント内では、特別に改良された糖度の高いイチゴが、一年中収穫されている
収穫されたイチゴは23の行程を経て、形はそのまま、ゼリーのような『異性化液糖いちご』になる
行程のほとんどはオートメーション化されているが、どうしても人手が必要な部分は、専門技術を身につけた少年たちが担当する
企業秘密を守るために、大人の技術者を排除しているのだが、少年たちには、無理に連れてこられて労働を強いられているなど、そういう悲惨な影は無い
工場の敷地はとても広く、きちんとした教育を与える学校や、大手術を行うことも出来る病院、品揃えの豊富なショッピング・モール、自然の川まで流れている
もちろん少年たちは、それぞれ快適な広さを備えた個室を持っていて、ルームキーパーが清潔を保ってくれる
労働時間は、一日二時間程度
工場の入り口で無菌のエアシャワーを浴び、滅菌された白いシャツと黒の半ズボンに着替え、ヒザまでの水位の消毒プールをはしゃぎながら通り、裸足で作業をする
一緒に作業をする少年たちは、似たような容姿、ほとんど同じくらいの背丈に揃えられており、敷地内で働く大人たちからは、工場に入ることを許された特権階級として扱われているので、コンプレックスやストレスが極端に少ない
完璧に消毒された素足で、細い足首まで液糖に浸かり、話したり笑ったりしながら作業をする
まるで、中世のワイン造りのようにも見える
快適さを保証された彼らは、ヒステリックに騒ぐことがない
未来に対する不安もなく、穏やかに談笑する少年たちは、幸福な余生を過ごす老人のように安定している
だが、この安定は僅かな変化で、たやすく均衡を失う危うさをはらんでいる
かき氷が無くなった
食べているあいだ、夢を見ていたような気分だ
『異性化液糖イチゴ』には、幻覚作用を及ぼす成分が入っているらしい
いや、単なる妄想だって